六四天安門事件グラフティ〜中国人の友人に寄り添った体験から・後編

前編では、筆者がどのように六四天安門事件(以下六四事件)と出会い、中国人の友人たちと話し合い、なにを感じ、考えたのか。そして六四事件に至る経緯や歴史的な背景を書いてみた。後編では、30周年にあたり今年、香港や台湾でどのように受け止められたのか、そして六四事件の歴史的な意義と中国の民主化のゆくえについて考察してみた。

 

六四天安門事件30周年―台湾、香港では

今年は、六四事件の30周年に当たる。香港や台湾では、各地で六四事件30周年を記念する活動が行なわれ、海外の中国語ネットメディアではその様子が紹介されている。その内のいくつかを紹介したい。

まず香港では、香港大学が行なった香港市民に対する六四事件の最新意識調査が発表された。この調査は1993年から毎年実施され、香港市民の六四事件と中国国内の人権状況に対する反応について調査している。調査結果によれば、香港市民のうち、当時の北京で民主化運動に参加した学生の行動は正しかったと考える市民は52%にのぼり、21%が間違いだった答えた。また、当時の中共政府の対応について、68%の市民は適切でなかったと答え、13%は正しかったと答えている。

また、香港の主要団体、香港市民支援愛国民主運動連合会、香港キリスト教正義と平和委員会、中国人権派弁護士組合、民主人権戦線等42の団体と政党は、6月3日に共同声明「犠牲者のため、未来のために戦いつづけよう」 を発表した。

記念イベントでは、ビクトリアパークで、6月4日夜に六四30周年を記念するキャンドルミーティングが開催された。

一方の台湾では、行政院大陸委員会が、中共政府に対し、六四事件の犠牲者の名誉回復と、速やかな民主改革を求める声明を発表した。また、6月4日には、六四事件30周年を記念するイベントが開催され、陳健仁副総統が出席、祝辞を述べた。
さらに、蔡英文総統も記念行事に参加し、中国大陸での民主と人権の発展を希望するコメントを発表している。
しかし、当事国の中国では、六四事件を記念する活動どころか、六四事件について発言することも厳しく制限されている。
事件の直後の数年間は、中共政府は六四事件に対し「暴動の鎮圧」という公式な見解を発表していた。その後、暴動の鎮圧から「政治的な騒動」という表現に変わり、ここ数年では、事件そのものを無かったことにしたいという考えが強くなってきたように思える。この点については、台湾のメディアもはっきり指摘している。
中国の90年代意向(六四事件の後)に生まれた若い世代は、すでに事件そのものについて詳しく知る機会を持てなくなっているはずである。このままでは、六四事件という大きな事件が、中国の歴史から消え去ってしまうことも十分考えられる。

 

六四事件の歴史的な意義と民主化のゆくえ

最後に、六四事件の意義と中国の民主化のゆくえについて考えてみたい。
1980年代の民主化運動は、歴史的に見るともう1つの側面が存在した。六四事件の起こった1989年は「70周年」に当たる年で、当時天安門に集まった学生たちも、政治の民主化を要求する一方で、五四運動を記念する活動も行なった。

五四運動とは、1919年に起こった学生の愛国運動である。運動が起こった直接のきっかけは、同じ年にパリで開催された第一次大戦の講和会議の結果に中国の民衆が不満を抱いたことだった。学生が始めた運動は、抗日、反帝国主義を掲げ、労働者を巻き込んだ広範囲は大衆運動に発展していった。

さらに、日本が中国に対し過酷な「対華21カ条要求」を突きつけ、当時の袁世凱政府は条件付でそれを受託した。加えて、袁世凱は日本からの借款も受け入れるという亡国的政策を取り続け、国民の政府に対する不満が爆発したのである。

また、五四運動は当時盛んに行われた新文化運動や白話文運動とも連動し、新しい文化を中国に広める役割も果たした。

五四運動と六・四の民主化運動は、運動自体の性格は異なるが、ある目的に対し、学生が主体的な運動を展開したという意味では共通している。それが、1989年においても、五・四運動の精神を継承するという形で、「五四運動70周年」が当時の学生に強く意識されたのではないかと思う。

今年(2019年)は「五四運動100周年」に当たり、1989年と同じように様々な活動が行われている。

六四事件の意義は、一党独裁政治に対する不満を具体的かつ自主的な運動として表し、平和的な手段で政治の民主化と自由化を要求したことだろう。もう1つは、学生が始めた運動は社会から隔絶したものではなく、民衆との連帯感が保たれたことだ。これは、五四運動から続く中国の学生運動の伝統だと言える。

六四事件が武力によって弾圧されたことで、その後の中国の民主化は発展の余地が奪われたように見える。こうした状況は現在でも変わらず、今後の民主化にも期待が持てる余地は無いようだ。

政治の民主化とはどういうことか? それはひとえに政治制度の問題である、簡単に言えば、民主化や自由化を実現するためには、中国の政体(一党独裁)を根本から変えなければならない。逆にいえば、一党独裁体制を維持したまま、民主化と自由化だけを達成することはありえない。現状では一党独裁を打破することは事実上不可能だし、ここ数年(習近平体勢以後)の中国共産党政府の動きを見れば、逆に独裁を強化する方向に進んでいる。

かつての中国共産党が行なった、武力闘争による革命の成就というようなことは、現代の社会ではもちろん通用しない。将来的に民主化が発展するとしても、非常にゆっくりとした時間軸の中で進んでいくだろう。そのためには、過去の歴史や経験を決して忘れることなく、それを将来の糧として受け継いでいくことが必要になる。六四事件は、1つの貴重な経験として、これからも長く継承されていくことを接に願う。

執筆者プロフィール

tsukada kazushige
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塚田和茂
大学の頃から中国の文化や歴史に魅せられ中国を旅行したり、中国語を学び始める。1989年に六・四天安門事件に出会い、在日中国人留学生の友人の多くが嘆き、悲しみ、悔しさを噛み締めている姿に大きな衝撃を受ける。その後、中国と取引する商社に勤務する。趣味はジャズ鑑賞。