本屋さんのつぶやき日記 第5回 「沖縄にはじめて行く、その前に」書店勤務L
第5回 「沖縄にはじめて行く、その前に」書店勤務L
「好きだから、その悲しみを知りたい」
中学生のときにある雑誌で読んだ言葉で、以来ずっと興味を持った対象については、この気持ちを忘れないようにと思い続けてきた。
この言葉は、沖縄に対しての言葉だった。大ヒットした「島唄」を作詞作曲された、THE BOOMのボーカル宮沢和史さんの言葉だ。
著者岸さんは、「その悲しみを知りたい」ということは当然、大前提としていらっしゃるのだろう。同時に、知りたいけれども共有することなどできはしないことも十二分に知っておられるのではないかと思う。ただ複雑さを複雑なものとして、そのままに受け止め、記録し、伝え、考え…「ナイチャー」と「ウチナンチュ」の境界線を抱きしめたままで、書かれている。
わたしには「南の島コンプレックス」のようなものが根強くあり、陽光燦々と降り注ぐ土地によりも、凍りつく灰色の大地や殺伐とした風景に惹かれる傾向がある。身体的に暑さに非常によわいせいもあるが、気質的に南方の人のものとされる、おおらか、のんびり、面倒みがよく温かい……といったものからほど遠く、情が薄く融通がきかず、人見知りで、見知らぬ人に手を差し伸べることに躊躇してしまう臆病な性格だからだ。
加えて沖縄に対しては、親が空襲で死にかけたり、祖母から戦時の体験を聞いていたこともあり、決して気軽にふらりと訪れることなどできない、とずっと思い続けていて、現在に至るまで一度も足を運んだことがない。
岸さんがあとがきで、「役に立たない」「めんどくさい」本、とこの本を形容しているが(そこに魅力があるのだが)、わたしは正直に言って、沖縄を訪れることが現時点で「めんどくさい」と思ってしまっている。
行くと決めたら、何冊も本を読み、訪ねる「べき」ところを調べる。自分なりに訪れる覚悟が出来た、と腹をくくれないうちに訪れることは失礼に当たると思っているので、忙しくて勉強する時間がない、などとグダグダ自分に言い訳をし、「めんどくさい!」と投げ出してしまってここまで先延ばしにしてきた。
言い訳を繰り返しているだけで、本腰を入れて集中的に勉強もしていない。せいぜいtwitterで沖縄の諸問題を追うことくらいしかできていないのが現状だ。
本書のなかで最も惹かれたのは、
「私たちは、規則を破らないと、他人に親切にできない。(中略)
そして、そういう「規則を破ることができるひと」が、沖縄にはたくさんいる。」
「こういう感覚を、『自治の感覚』と呼びたい。自分たちのことは、自分で決める、という感覚。自分で決めて、自分のルールで、他人に優しくすることができる人びと。」
という箇所だ。ここを読んでハッと胸を衝かれた。
いまの日本に最も足らないものを持っている人々は、ここにいるんじゃないかと思った。
途中語られる戦時の体験は、今まで聞いたり読んだりした戦時の体験の中で、最も苛酷なものであった。この自治の感覚を沖縄の人々が持てたのは、その体験を含む様々な困難を乗り越えてきたゆえなのだと思う。
何度も足を運んだとしても、この本をどれだけ読み込んだとしても、わからないのかもしれない。これから生涯をかけてこの感覚を掴みたいなどとは、もちろん言えない。
この文章もどうまとめてよいかわからない。ただ、もう読む前の、ただめんどくさがっていた自分には戻れない、ということははっきりしている。
いずれ必ず訪れ、できれば時間をじっくりかけて、クタクタになるまで歩いたり考えたり、したい。
そしてその折には必ずこの本を持って行きたい。
とりあげた本
岸政彦『はじめての沖縄』新潮社/2018年
執筆者プロフィール
- ロスジェネ世代、書店勤務1●年目に突入。本と珈琲と旅が好き。いつかアイスランドに行くのが夢。